子供はどう褒めれば伸びるのか 元オリンピック選手と考える“教える”の価値
「どこかにあるもの」を輸入して使う前に考えるべきこと
伊藤「山口先生が仰ったように、スポーツは手段でしかありません。芸術もそうだと思いますが、スポーツそのものの技術力、競技力が上がることはもちろんいいことです。ただし、それを通じてどんな人間になるのか。スポーツを辞めた時にも、培った能力が良く生きるために活かされるような状態が望ましいと思います。今の日本のスポーツは、どちらかというと学校体育の領域に近い状態。それでは今後、日本のスポーツは厳しいのではないか。山口先生の話を聞いていると、すごく共感しましたし、教育の在り方を考えて発信していけたら面白いと思っています」
今井「今回、うちの学校では体育でこうした企画をするのは初めてです。伊藤さんも学校のカリキュラムで指導をするのは初めてとのこと。うちはインターナショナルスクールのように見えますが、文科省の認可を受けた小学校です。外国人の先生が担任をしているので外国の文化で体育の授業もしていますが、外国人の先生も日本式の体育を勉強してハイブリッドしています」
伊藤「自分の場合、子供たちにとって“昔、凄かった人が来た”という思い出作りで終わらないならないようにと考えています。速く走って、普通の人と違った動きを見せるだけでも何かを感じてもらえるはず。山口先生が仰った“本物を見てもらう”という部分では力になれると思っています。加えて運動というのは、やらない状態からやり始めると、運動量が確保できて、それによって能力が高まりますが、より良く運動能力を高めるためにはコツや頑張り方が分かり、良いアプローチでやるとより良く伸びます。その方法を突き詰めて、どんなアプローチで子供への言葉がけをし、動作のポイントを伝えたら走りが良くなるのかは研究してやっているので、その点もこだわって伝えられたらと思います」
今井「走る時に“つま先で走る”とイメージでよく言われますが、実際の感覚は違うわけですよね。教育の場面においても英語の授業で外国の教材を使うことはよくありますが、本校はうちで開発した“日本人のための英語の教科書”を使っています」
山口「英語に限らず、どこかにあるものを輸入して使うというのが納得できないのです。すべては目の前にいる子供たち。そこにヒント、ニーズがあって、彼らをしっかり見ると、やるべきこと、必要なものが見えてきます。外にあるメソッドは吸収しながら、子供たちのためにオリジナルとして新しく生み出している。真似事を一切しないのです。日本人は世界の中ですごく特殊な存在。だから、どこかの国でうまくいったものをただ持ってきても合わないことがたくさんある。英語の教材も日本人の子供に合ったものに作り出しています。スポーツも日本人は体型が特徴的だから、そんな部分で共通点があるのではないでしょうか?」
伊藤「覚えている限りではカール・ルイスが有名になった時、どういう練習をしているのかが注目されました。その方法が日本にも多く入り、ルイスがやっていた練習をそのままやる日本人が増えたと言われていますが、やはり合わないのです。なぜ合わないかというと、体の作りが違うのはもちろん、走りとはどんな要素が重要で、速くなるにはどんな能力を伸ばさないといけないか、本質的な部分を無視して方法論だけを真似してしまうから。そうすると、トレーニングは薄いものになり、走りが良くならないことが頻発してしまいます。本質を理解して、自分で咀嚼して、考えた上でトレーニングを作り上げないといけないと思っています」