「スポーツ根性論、精神論の限界」 格闘技ドクターが語る、本当の「強さ」とは
スポーツ精神論・根性論が生まれた時代背景、これからのスポーツ指導者のあり方とは
医学の世界には「予防に勝る治療なし」という言葉があります。どんなに素晴らしいピッチャーでも、肩を壊せばパフォーマンスは落ちます。手術後に前線に復帰したアスリートが手術前のパフォーマンスを越えられるか?というと、現実はなかなか厳しいですよね。
柔道のオリンピック金メダリストの石井慧選手は「金メダルにたどり着いた選手で、小学生からチャンピオンだった人はほとんどいない」という内容のことをおっしゃっていました。これはオリンピックで結果を出す選手には、オリンピックの出場時期にピークを迎える練習をしてきた人が多いことを示しています。
注目を集める一流選手について、一般の人たちは輝かしい側面しか知らないことが多いです。どんなに素晴らしい成績を残した選手でも、そのほとんどがいつかは引退していきます。そして「引退理由の裏側にある本音」はなかなか語られる機会はありません。成績との兼ね合いはもちろんあると思いますが、もし身体にダメージがなければ続けたい、という選手は少なくないはずです。一流選手たちの経験から「何をやるべきか」だけでなく、「何をやってはいけないか」を学ぶことはとても役に立つと思います。
スポーツ精神論、根性論が好まれた理由のひとつに、日本の高度経済成長があるとも言われます。人口が爆発的に増え、マスメディアが急速に発達した時代です。「男の子なら野球、野球といえば甲子園」というイメージから、子どもを野球部に入れる親御さんも多かった。『空手バカ一代』という劇画が人気となり、極真空手ブームもありました。当時、「入門希望者が増えすぎて建物に入りきらない」なんて話もあったくらいで、スポーツの現場では選手を集めることに苦労しませんでした。
当時の指導は選手の才能を伸ばすのではなく、厳しい練習を課すことで見込みのある選手をふるいにかける、という面があったと言われています。野球なら千本ノックや延々と続くうさぎ跳びなどです。ハードなメニューに耐えられる選手は身体能力に優れ、競技適性があるわけですから、彼ら彼女らを試合に出せば勝つ確率が高い。そのような考え方が主流でした。
もちろんスポーツにおいてメンタルの強さは重要です。腕立て伏せが10回しかできなかった選手が50回できるようになったとすれば、そこにはフィジカルだけでなくメンタルの強さも確実に育っていますよね。しかし、高度経済成長の時代は、最初から50回できない選手は根性がない、選手としての見込みはないと判断されるケースもあったようです。
現代は少子化が進み、ハードな練習を課して、大勢の中から見込みがある選手をふるいにかけるといったスタイルは立ち行かなくなっています。メディアのあり方も変わり、みんなが同じ情報に触れるということも減りつつあり、一人ひとりが自分に合った情報を選び取る時代になりました。
若い世代の選手には、指導者に言われたことだけを黙々とこなすのではなく、ITを活用して情報を集め、世界の一流選手のノウハウを取り込み、自分が納得した練習をする人が増えています。また、指導者においても時代の変化を柔軟に受け止め、最新の情報や技術、解剖学や運動学、脳科学といった学問を吸収しながら、指導のスキルを高める人も現れています。私たちスポーツドクターとのディスカッションからヒントを得ようとする先進的な指導者もいらして、社会状況の変化とテクノロジーの発展とともにスポーツ指導のあり方も新時代を迎えているように思います。これからの時代、今まで以上にスポーツ指導における多様化が求められていくのではないでしょうか。
■二重作拓也
挌闘技ドクター/スポーツドクター。富家病院リハビリテーション科医師、格闘技医学会代表、スポーツ安全指導推進機構代表。1973年生まれ、福岡県北九州市出身。福岡県立東筑高校、高知医科大学医学部卒業。8歳より松濤館空手を始め、高校で実戦空手養秀会2段位を取得、USAオープントーナメント高校生代表となる。研修医時代に極真空手城南大会優勝、福島県大会優勝、全日本ウェイト制大会出場。リングドクター、チームドクターの経験とスポーツ医学の臨床経験から「格闘技医学」を提唱。専門誌『Fight&Life』では10年にわたり連載を担当、「強さの根拠」を共有する「ファイトロジーツアー」は世界各国で開催されている。『Dr.Fの挌闘技医学』『Dr.F 格闘技の運動学』(DVDシリーズ)『Fightology(英語版/スペイン語版)』『プリンスの言葉』『Words Of Prince(英語版)』など著作多数。
(記事提供 TORCH)
https://torch-sports.jp/
(はたけ あゆみ / Ayumi Hatake)