選手村に口コミで広がる日本人の技術 世界的に珍しいワザで…海外選手230人と向き合い触れた五輪の裏側
パリ五輪にはスタッフや裏方として海外チームを支える日本人もいる。東京都在住の伊藤唯人さんは、柔道整復師としてオセアニア国内オリンピック委員会(ONOC)のケアを担当。滞在中、約230人の選手やスタッフに施術を行った。選手村のメディカルルームで見たのは、重圧と戦うトップ選手の姿。伊藤さんが思うこととは――。(取材・文=水沼 一夫)
「とにかくみんな体がガチガチでした」オセアニアチームを魅了した日本の手技
パリ五輪にはスタッフや裏方として海外チームを支える日本人もいる。東京都在住の伊藤唯人さんは、柔道整復師としてオセアニア国内オリンピック委員会(ONOC)のケアを担当。滞在中、約230人の選手やスタッフに施術を行った。選手村のメディカルルームで見たのは、重圧と戦うトップ選手の姿。伊藤さんが思うこととは――。(取材・文=水沼 一夫)
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伊藤さんはNPO法人オセアニア地区スポーツ支援機構からONOCに派遣され、7月23日にパリ入り。凱旋門近くのホテルに宿泊しながら連日選手村に通い、オセアニアチームのメディカルルームで選手やスタッフのケアを行った。
ONOCはオセアニアの17の国・地域が加盟。五輪で別行動のオーストラリアとニュージーランドを除いてメディカルルームを共有していた。
日本特有の柔道整復師は世界的にも珍しい資格と言われている。アスレチックトレーナーや理学療法士と異なり、骨折・脱臼の応急処置として整復もすることができる。メディカルルームには医師や看護師も常駐したが、伊藤さんは午前9時から部屋で待機し、選手のコンディショニングに携わった。
施術室は6畳ほど。2台のベッドで、もう1人の日本人とともに対応にあたった。オープン後はまだ開会式前ということもあり、なかなか選手に来てもらえなかったというが、技術はすぐに評判になった。「口コミで広まってどんどん人数が増えていきました」。キャリアは4年目で、「手技はわりと得意」という伊藤さん。国内ではトップアスリートの施術経験を持つものの、五輪の帯同は初めてだった。
施術を始めると、まず実感したのは日本の選手との違いだった。
「とにかくみんな体がガチガチでした。全身の人もいるし、局所的に硬くなっている人もいる。基本触ると全部硬かったです」
太平洋に散在する小さな島国では、日常的にストレッチやマッサージをする習慣がない。入念にもみほぐし、試合への準備をサポートした。
柔道に出場したグアムの選手は首の痛みと腕の痺れがあり、伊藤さんを頼ってきた。また、トライアスロンに出場した選手はバイクの途中で落車。軽い脳震盪を起こし、首を負傷した。処置が終わると、「首の動きが良くなった」と笑顔に。担当した選手が好成績を出したり、パーソナルベストを更新したりすると、仕事が報われる思いがした。
気づいたことがもう一つ。マッサージを受けることができる施術室は、選手にとって安らぎの空間でもある。しかし、選手に体調を聞くと、返ってくるのは「なんか緊張する」という言葉だった。
「『普段は緊張しない』と言っている選手も緊張している選手が多かったです。やっぱり会場の独特の雰囲気だったり、4年に一度の大会で国を背負うプレッシャーがあると感じました」
どんなに準備していても、母国の期待が入り混じり、人知れず重圧と格闘していた。「トップの選手になればなるほど、繊細な人が多い印象」。伊藤さんは日本での経験をもとに、英語で「good luck」と言ったり、応援の言葉をかけて和ませた。