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「日本人の君たちには話すよ」 地元メディアを“無視”したチリの英雄…24年前の異様な光景【オリンピック名珍場面】

パリ五輪は連日熱戦が繰り広げられている。夏季大会は1896年に第1回大会が開催され、今回で33回目。記憶に残る名場面、珍場面も数多く生まれてきた。4年に一度のこの機会に、過去の出来事を「オリンピック名珍場面」として振り返る。2000年シドニー五輪男子サッカーに出場したチリ代表の“英雄”は、母国に初のメダルをもたらした。試合後、徹底して後輩たちを守った行動を日本の報道陣に明かし、周囲を驚かせた。

シドニー五輪、米国戦に出場したチリ代表のイヴァン・サモラノ【写真:Getty Images】
シドニー五輪、米国戦に出場したチリ代表のイヴァン・サモラノ【写真:Getty Images】

オリンピックの名珍場面を振り返る

 パリ五輪は連日熱戦が繰り広げられている。夏季大会は1896年に第1回大会が開催され、今回で33回目。記憶に残る名場面、珍場面も数多く生まれてきた。4年に一度のこの機会に、過去の出来事を「オリンピック名珍場面」として振り返る。2000年シドニー五輪男子サッカーに出場したチリ代表の“英雄”は、母国に初のメダルをもたらした。試合後、徹底して後輩たちを守った行動を日本の報道陣に明かし、周囲を驚かせた。

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 2000年9月19日に行われた男子サッカー3位決定戦。米国との一戦に臨んだチリを引っ張ったのは、オーバーエイジ枠で招集された当時33歳のFWイヴァン・サモラノ。レアル・マドリードやインテルといった欧州の強豪クラブで活躍し、1998年フランスW杯ではマルセロ・サラスとの「サ・サ」コンビで母国をベスト16に導いた“チリの英雄”だ。

 米国戦はサモラノの2ゴールで勝利。チリのサッカー競技として初の銅メダルを獲得し、自身も大会得点王に輝いた。試合後、歓喜に沸く選手たちが取材エリアを通過していったが、なぜかチリのメディアは誰もインタビューせず、ただ見つめるだけという異様な光景が広がった。3位決定戦には日本を破った米国が出場していたこともあり、多くの日本メディアも集結。サモラノは「日本人の君たちには話すよ」と立ち止まった。

 サモラノによると大会前、一部の若手選手がはしゃいでいた酒宴の様子をチリメディアに“盗撮”されたとのこと。「メディアは酷い扱いで報道したんだ。だから私は未来ある彼らを守るために、五輪期間中は取材に応じないと決め、全員に伝えたんだ。でも君たちには話すよ。メダル? これは本当に嬉しいし、この栄誉はチリに取って大きなものだよ」などと笑顔で話した。

 囲みの輪が解けると、チリ人記者は「イヴァンは何て言ってた?」と日本人記者を取材してきたほど。ここまでチリメディアに応じてこなかったサモラノは、さすがに銅メダル獲得後に一人で取材に応じたが、後輩を守った大黒柱を中心に掴んだ銅メダルだった。

(THE ANSWER編集部)


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