手負いの柔道日本代表にフェアプレー 弱点知りながら真っ向勝負、教科書にも乗ったエジプトの雄【オリンピック名珍場面】
パリ五輪が26日(日本時間27日)に開幕。夏季大会は1896年に第1回大会が開催され、今回で33回目。記憶に残る名場面、珍場面も数多く生まれてきた。4年に一度のこの機会に、過去の出来事を「オリンピック名珍場面」として振り返る。1984年ロサンゼルス大会の柔道男子無差別級決勝、エジプトのモハメド・ラシュワンは手負いの山下泰裕と対戦したものの、真っ向勝負を展開。試合後までフェアプレーを貫いた戦いは、後に日本の教科書にも掲載されるなど世界に感動を呼んだ。
夏季五輪で起こった事件を振り返る
パリ五輪が26日(日本時間27日)に開幕。夏季大会は1896年に第1回大会が開催され、今回で33回目。記憶に残る名場面、珍場面も数多く生まれてきた。4年に一度のこの機会に、過去の出来事を「オリンピック名珍場面」として振り返る。1984年ロサンゼルス大会の柔道男子無差別級決勝、エジプトのモハメド・ラシュワンは手負いの山下泰裕と対戦したものの、真っ向勝負を展開。試合後までフェアプレーを貫いた戦いは、後に日本の教科書にも掲載されるなど世界に感動を呼んだ。
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相手への敬意にあふれた戦いだった。1984年8月12日、1回戦を快勝した山下は2回戦で右ふくらはぎの肉離れというアクシデントに見舞われた。続く準決勝では開始30秒で先に効果を奪われる苦しい展開ながら、横四方固めで逆転勝ち。何とかラシュワンとの決勝に駒を進めた。
山下の右足負傷が明らかだった中で始まった試合は、ラシュワンが開始から攻撃を仕掛け、山下の右足目がけて大外刈り。これが空振りに終わると、今度は左からの攻めに転じた。しかし、そこでバランスを崩したのを見逃さなかった山下が寝技に持ち込み、最後は横四方固めで一本勝ち。山下は涙の金メダル獲得を果たした。
ラシュワンが山下の負傷した右足を狙わなかったという話はフェアプレーとして語り継がれ、後に日本では中学校などの教科書の題材として掲載された。ただ、山下はこれについて「事実ではない」と否定。実際は山下の怪我を知りながら真っ向勝負を挑んだこと、さらに足を痛めた山下が表彰台に上がる時と降りる時に手を貸したラシュワンの振る舞いこそがフェアプレーとして世界で称賛された。
(THE ANSWER編集部)