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代表98キャップの”鉄人”大野均が今、明かす 4年前、南アフリカに勝てた本当の理由

41歳になった大野はまだ現役として走り続けている【写真:吉田宏】
41歳になった大野はまだ現役として走り続けている【写真:吉田宏】

「41のおっさんも、頑張っているところを見てもらえたら」

 日本代表で初の100キャップまであと2試合に迫る大野だが、日本代表は、メンバーに選ばれ、キャップを獲得することが容易ではない時代に突入している。それでも、この鉄人は代表のため、日本ラグビーのために前進することを諦めない。

「ワールドカップで頑張るのは日本代表の選手たちですけど、ラグビー全体を盛り上げることは、大会に出場できない選手たちにもできることです。それこそ、アジアで初めての大会を盛り上げるのは日本のラガーマンとしての責任がある」

 毎週のように、全国各地で開催されるワールドカップ関連のイベントに、大野は所属する東芝での試合や練習に影響が出ない範囲で積極的に参加し続けている。先日も、筆者が進行役を務めた埼玉・熊谷ラグビー場でのトークショーに参加した後には、その足で神奈川県小田原市のイベントに向かった。試合やチームのイベントなら専用バスや車が用意されるが、外部イベントのため、1人で湘南新宿ラインに乗って1都2県を移動している。

「いろいろ声かけてもらってますね。それも、声をかけてもらえないとやれないことなんで、すごくありがたいことだと感じます。だから、出来るだけ協力したいなという思いでやってます。自分ができることは、最大限やっていきたいなという気持ちです。ワールドカップ日本大会が開幕するのが9月。その前の国内を盛り上げるのがトップリーグ・カップ戦なのかなと思っています。

 もちろん日本代表選手はカップ戦ではプレーしないけど、ラグビーはこういうものだということを、みんなに楽しんでもらえるパフォーマンスを見せられるようにしたい。自分も5月で41歳になりましたけど、41のおっさんも、こういう厳しいスポーツで頑張っているんだというのを見てもらえたらなという思いでプレーします」

 試合では骨惜しみしない運動量で、タックルしては立ち上がり、次の密集に突っ込み、そしてまた走り出す――。無尽蔵のようなワークレートが持ち味の大野だが、ワールドカップを、そしてラグビーを盛り上げたいという思いでグラウンド外でも走り続ける。

大野 均(おおの・ひとし)
1978年5月6日福島県郡山市生まれ。ポジションはLO。福島県立清陵情報高では野球部。日大工学部1年から同学部ラグビー部でラグビーを始め、サイズと高い身体能力を東芝府中(現東芝)首脳陣に買われて2001年に東芝入社。04年に日本代表入りして、歴代最多の通算98キャップ。07、11、15年と3大会連続でワールドカップ出場。愛称はキンちゃん。身長192cm、105kg。

(吉田宏 / Hiroshi Yoshida)

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吉田宏

サンケイスポーツ紙で1995年からラグビー担当となり、担当記者1人の時代も含めて20年以上に渡り365日欠かさずラグビー情報を掲載し続けた。ワールドカップは1999、2003、07、11、15年と5大会連続で取材。1996年アトランタ五輪でのサッカー日本代表のブラジル撃破と2015年ラグビーワールドカップでの南アフリカ戦勝利という、歴史に残る番狂わせ2試合を現場記者として取材。2019年4月から、フリーランスのラグビーライターとして取材を続けている。長い担当記者として培った人脈や情報網を生かして、向井昭吾、ジョン・カーワン、エディー・ジョーンズら歴代の日本代表指導者人事などをスクープ。

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