インタビュー

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インタビュー

「走り」で人は変われる 子どもが運動会でヒーロー・ヒロインになる方法

かけっこが苦手な子の3つの原因とは

 秋の運動会シーズン。子どもたちにとって大きなイベントの一つが、徒競走だ。1等賞を目指して全力疾走するが、なかにはかけっこが苦手な子どももいる。その原因はどこにあり、どう克服すべきなのか。スプリント指導のプロ組織「0.01」を主催するアテネオリンピック1600メートルリレー4位の伊藤友広さんと元200メートルハードルアジア最高記録保持者の秋本真吾さんに聞いた。

 伊藤さんは小学生世代を中心に各地でかけっこ教室を展開し、多くの子どもたちに走り方のコツを教えている。一方、秋本さんは、子どもはもちろん、サッカー日本代表選手、プロ野球選手といったトップアスリートを指導。「プロスプリントコーチ」として今、スポーツ界で注目されている2人に共通しているのは「走りを通じて人を育てること」に並々ならぬ情熱を燃やしていることだ。

 まず、走りが苦手な子どもの原因をどう見ているのか。伊藤さんは「大きく分けて3つあります」という。

伊藤「1つ目は『姿勢』です。どのスポーツでも一緒ですが、良い姿勢でないと地面に力が伝わりません。特に、骨盤のあたりがすごく重要になります。子どもに多いのは骨盤が後ろに向いて、お尻が出てしまうこと。まずは地面に対して垂直に立っているかどうかがポイントです。2つ目は『力の出し方』。そもそも、力の出し方を分かっていない場合が多い。特に、低学年だと全力を出しているつもりでも、出ていないことがよくあります。3つ目は『足の動かす位置と動かし方』。力を出した上で、しっかりと弾んで走れるかどうかが重要です。そのあたりを整えてあげると、短期間でも走りは変わります」

 では、3つのポイントを改善する方法はあるのか。まず、1つ目の「姿勢」について、チェック方法を挙げてもらった。

伊藤「簡単にチェックできます。壁を背にして立つと分かりやすいです。かかとの上に脛骨(けいこつ)がついていますが、基本的にかかとから脛骨にかけて一直線に体重が乗ると、筋力をあまり使わなくても立つことができます。例えば、腰が前に出すぎたり、引けすぎたりすると、体重の乗る位置がかかとから前後、左右にずれ始めます。まずは壁に背をつけて立って、真っすぐな姿勢がとれているかをチェックしましょう」

 注意点として、小学生は「良い姿勢をとりましょう」というと、胸を張りすぎて腰が前に出てしまうこと。この姿勢のまま走ってしまう子も多い。骨盤が真っすぐに立っているか、へその下あたりのポイントで腹と腰が地面に対して垂直かどうかがポイントになる。

 一方、秋本さんは良い姿勢の身につけ方は「日常生活の意識」も大事になると話す。

秋本「まず、背骨は真っすぐではなく、湾曲しているという前提があり、立った時に本来は猫背のような姿勢が楽になります。でも、走る時は真っすぐにしないと力が入りません。子どもは筋力がないこともあり、楽な体勢をとると、どうしても姿勢が悪くなってしまいます。トレーニング以外で大事なのは、日常生活の意識。例えば、ごはんを食べる時、勉強をする時、ゲームをする時、人の話を聞く時も、真っすぐな姿勢を日常から心がけて、走る時は自然と真っすぐになっている状態が望ましいです。練習の時だけ良い姿勢にするのではなく、普段の生活から意識していくことは大事だと思います」

「良い姿勢」のとり方について、秋本さんは「身長を測る姿勢」と例える。「身長を測る時に少しでも高く測定されようと、かかととお尻と頭を壁側につけて伸ばそうとする。それが真っすぐな姿勢なのです」という。子どもにアドバイスする際に活きそうだ。

目標の有り無しが子どものやる気を変える

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 正しい姿勢を身につけることにより、地面にしっかりと力が伝わるようになる。2つ目の「力の出し方」について、練習法として挙がったのは、意外にも「相撲」と「縄跳び」だ。

秋本「大事なのは、力を出し続けられるかどうか。走る時は瞬間的に大きな力を出すことが必要ですが、着地は体重の何倍も負荷がかかります。100%の力をずっと出し続けられるかが小学1、2年生は課題。相撲をとって相手を押し続ける練習をさせてあげることも良いと思います。次は瞬間的に大きな力を出す練習としては縄跳びが効果的。走りはジャンプの連続です。歩きはどちらかの足が地面に着いていますが、走りは右足と左足で空中に浮いている瞬間の繰り返し。交互の連続ジャンプを繰り返す意味で良い練習になります」

 そして、3つ目の「足の動かす位置と動かし方」についてはどうか。大事になるのは「足踏み」と「もも上げ」だという。

伊藤「まず、足踏みをしてみると右足と左足は必ず体の前側で切り替わります。実は走りも足踏みと同様の場所で足が切り替わります。でも走り始めると、ももが上がらずに足が体の後ろ側で回転し、後半のスピードが落ちる子もいます。足踏みをしてみて、左右の足が切り替わる位置をチェックすること。それができたらリズムを少し上げ、もも上げの状態にして切り替わる位置をよく覚えてダッシュしてみる。そうすると足が動く位置が整ってきます」

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 この3点を押さえ、しっかりと練習を積めば、走りは変わるという。あとは、本番。どんな意識で臨むと良いのか。

伊藤「陸上選手も同じですが、子どもでも大人でも万全の準備をするということ。当日に何かをいじろうと思っても難しい。本番までに良い動きを整えておく。準備が一番大事です。万全の準備をし、本番では全力を出すことに集中することです」

 こうして走りを変える方法を明かしてくれたが、運動会とは子どもたちにとってどんな価値があるのか。実際に運動会に臨む子どもたちを指導してきた中で、こんなところに大きな意義を感じている。

伊藤「子どもにとって運動会は一大イベントです。僕が定期的に指導しているクラスでは、運動会があることで目標を設定して頑張っていく。目標の有り無しで子どもの練習の熱の入り方が全く違います。加えて、運動会に向けてタイムが縮まることで、自信を持つことができます。かけっこの良さはタイムが縮んで成長を実感でき、フォームが変わる点でも変化が感じられ、自信を持ちやすいところ。適切な指導をしてあげると、運動会までにしっかりと自信を持って臨め、活躍できるとさらに自信が深まります」

 実際に指導した児童の保護者から届く声では、走ることが好きになったり、得意になったりという変化はもちろん、「普段の生活で積極性が出るようになった」という副次的な効果も大きい。「かけっこを通じて自信を獲得したから、そういう(積極性の)部分につながっているのかなと思っています」と伊藤さんは語る。

“環境”がスポーツ文化を醸成する

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 短期間で変わる、走りのメソッドを丁寧に明かしてくれた2人。そのベースとなったのはスプリント指導のプロ組織「0.01」を立ち上げ、各地で行ってきたかけっこ教室だ。スペシャリストとして、実際に指導の現場で感じる課題はあるのだろうか。

秋本「僕は福島、伊藤は秋田出身。田舎で育ってきたので、運動できる場所はたくさんありました。ただ、今は東京に住んでいて“場所がない”という課題はあります。環境はすごく大事。ブラジルでサッカーが盛んなのも、オランダでスケートが盛んなのも、それが文化となっているから。それによって競技人口が増えて、必然的に結果を出す確率も高まりますが、そういう文化を醸成するための環境が日本には少ない気がします。例えば、北海道だったら雪が降るし、ウィンタースポーツが盛んで、冬季オリンピックの代表選手も雪国で育った人がなりやすい。それは環境がものを言っていると思います。だからこそ、スポーツをする文化を醸成するために環境を整備することは大事です」

 スポーツ界における環境面の重要性を訴えた秋本さん。陸上競技場などのスポーツ施設の整備や、スポーツ教室・大会の開催など、さまざまなスポーツ活動を支える仕組みとして、スポーツくじ(toto・BIG)の収益による助成がある。

秋本「これほど色々な活動がスポーツくじによる助成の対象になるんだというのが、正直な気持ちです。もっと助成金を有効活用してプラスになるような環境をしっかりと作っていけたら良いと思います」

 多くの人が気軽に「走ること」を楽しめる環境が増えることを願っている秋本さん。実際に、助成金を有効活用している団体もある。伊藤さんが続ける。

伊藤「ただスポーツが上手になる、強くなることを目的にするだけでは、共感してくれる人は限られていると思います。どんな社会的な価値を発揮できるかがポイント。施設等のハード面ももちろんですが、ソフト面の充実を図っていくことも大事だと考えています。場所がないという問題に関しては、学校などの公共施設では営利団体が使えない施設が多くありますし、大企業の遊休施設で体育館、グラウンドを持っている場合もあります。そういった施設も有効活用しながら、これまで競技に携わってきたアスリート、指導者が活動の拠点を持てるような仕組みが作れれば、地域の方々が陸上競技はもちろん、様々なスポーツに触れる機会も増え、日本がスポーツを通じ、豊かになっていくのではないかと思います。また、助成金に依存することのないよう、自分たちでどう運営していくのかという視点、勉強も欠かしてはいけないと思います」

誰かの走りが速くなることが、自分の自己ベスト以上の喜びに

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 多くの指導現場を経験してきた2人。では、指導を手がけた子どもたちにどう育ってほしいと願うのか。「何も陸上でオリンピック金メダリストを…と思っているわけではない」と伊藤さんは話す。その真意とは――。

伊藤「僕たちは走ること、体を動かすことを通じて、自信を獲得していくお手伝いがしたい。走ること、体を動かすことは誰もが通る道だからこそ、それによって自信を失っている人もたくさんいる。運動が嫌いな人は走ることが嫌いだったり、体育の授業そのものが苦手だったりします。子どもから大人まで走ることが苦手という人に適切な指導や考え方を提供することで、運動に対するイメージを変えられるのではないかと思っています。アプローチの仕方、考え方が変わることで自分に自信が持てたり、物事が好きになったり、苦手なことが克服できたりといったことにつながっていく。走りを通じて、新しい視点を提供していきたいと思っています」

秋本「子ども、あるいはトップアスリートを指導する時、子どもは足が速くなって楽しく走っている、トップアスリートは僕が教えて1本走ってみたら『全然、違うんだけど…』と笑って戻ってきてくれる。この変化によって子ども、トップアスリート、そして指導している自分も喜びを感じます。僕にとっては、自分が競技で自己ベストを出した時と同じか、それを超えるくらい大きな喜びです。僕たちが教えた子どもたちがさまざまなスポーツで『足が速い』をキーワードに活躍してくれたらすごく喜ばしいこと。たとえスポーツをやらなかったとしても、あの時に走ることが遅かった自分を克服できた自信が今につながっている、と感じてくれたら本当にうれしいですね」

 今までできなかったことができるようになる変化によって、大きな自信を得ることができる。それが、さまざまなシーンで活かせると考えている。まさに「スポーツが人を育てる」を実践しているが、特に2人が願っていることは、陸上ならではの良さが人生における成長に役立つことだ。

秋本「走ることの良い点は、1本走ったら次の1本に行くまでに内省できる時間があること。今の走りはこうだったなと振り返り、次に活かすことができる。それは冒頭で話したようなテクニックが分からないとできない部分があります。だから、適切な指導で振り返るきっかけを与えてあげたい。目の前のことを一つひとつ内省し、次に生かしていく習慣を子どもの頃から意識づけることで、自分で物事を考え行動し、成長できることにつながっていくと考えています。」

伊藤「それは個人スポーツの特徴ともいえます。例えば、サッカーはプレーが連続するので、一回一回、振り返る時間もないし、相手の存在などの条件に左右されやすい。その半面、陸上は結果に対して原因は全部自分にある。変数が少なく、左右されるとすれば風と天候くらいです。いかに自分と向き合って目標にどうアプローチするかで結果が変わる。これは仕事でも同じことが言えると思います。陸上のような個人スポーツは、自分自身を成長させていくという点で、社会人としても応用しやすい。そこに陸上の良さはあるのではないかと思いますね」

 走りを通じて人は変わり、自信をつけ、そして、育つ――。熱い言葉に込められていたのは、そんな想いだった。

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伊藤 友広いとう ともひろ

国際陸上競技連盟公認指導者(キッズ・ユース対象)。高校時代に国体少年男子A400メートル優勝。アジアジュニア選手権日本代表で400メートル5位、1600メートルリレーはアンカーを務めて優勝。国体成年男子400メートル優勝。アテネオリンピックでは1600メートルリレーの第3走者として日本歴代最高の4位入賞に貢献。現在は秋本真吾氏らとスプリント指導のプロ組織「0.01」を立ち上げ、ジュニア世代からトップアスリートまで指導を行っている。

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秋本 真吾あきもと しんご

2012年まで400メートルハードルのプロ陸上選手として活躍。オリンピック強化指定選手にも選出。2013年からスプリントコーチとしてプロ野球球団、Jリーグクラブ所属選手、アメリカンフットボール、ラグビーなど多くのスポーツ選手に走り方の指導を展開。地元、福島・大熊町のために被災地支援団体「ARIGATO OKUMA」を立ち上げ、大熊町の子どもたちへのスポーツ支援、キャリア支援を行う。現在は伊藤友広氏らとスプリント指導のプロ組織「0.01」を立ち上げ、ジュニア世代からトップアスリートまで指導を行っている。

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