インタビュー

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インタビュー

「サッカーを楽しむ」は今も― “炎の守護神”が現役生活で教えられたこと

日本サッカーの歴史を築いた名GKが最もプレッシャーを感じた試合

 炎の守護神――。

 日本サッカーの歴史を築いてきた名GK(ゴールキーパー)、川口能活氏はいつしかそう呼ばれるようになった。数々のピンチを救い、栄光を呼び寄せてきた。

 ブラジルを撃破した1996年アトランタオリンピックでの“マイアミの奇跡”も、日本代表が初めてワールドカップ出場を決めた1997年のアジア第3代表決定戦“ジョホールバルの歓喜”も、毅然と、敢然と、そして悠然とゴール前に立ちはだかった。

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 日本代表通算116キャップは歴代GKでトップ。4度のワールドカップメンバー入りを果たしたレジェンドは、JリーグでもJ1、J2、J3と3つのカテゴリーで計507試合に出場した。43歳となった2018年シーズンを最後に、25年のプロ生活に区切りをつけた。引退後は世界で活躍するGKを育成していくため、指導者としての活動をスタートした。

 2019年3月5日、都内で行われた第2回「GROWING教室」のゲストとして登場した川口氏。30~50代の男女を集めた「スポーツに再チャレンジ! 川口能活 熱血!大人のサッカー教室」は、大いに盛り上がった。イベント終了後のインタビューでは現役時代のポリシーから指導で大切にしていることまで、幅広くうかがった。

 2018年夏のロシアワールドカップ。日本代表が2大会ぶりにグループリーグを突破し、決勝トーナメント1回戦で強豪ベルギーを苦しめたことは記憶に新しい。

 ワールドカップに出ることが当たり前になっている時代だ。しかし、すべてはあの“ジョホールバルの歓喜”が始まりだった。日本代表は1997年11月、マレーシアのジョホールバルでイラン代表と対戦。先制しながらも逆転され、そして追いつくという目まぐるしい展開。延長後半にゴールが生まれ、悲願の初出場を決めたのだった。川口氏のビッグセーブの後に訪れたチャンスから、あの歓喜のシーンは生まれた。

「あれほどまで強烈に感じたプレッシャーは、自分のサッカー人生でほかにありません。あのプレッシャーに打ち勝ってワールドカップに出場できたからこそ、僕はどんなときでも“何とかなる”って思えるようになった。僕にとってかけがえのない財産なんです」

プレッシャーを楽しむ、きっかけになったデンマーク時代の出会い

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 どうすれば、プレッシャーに勝つことができるのか。

 川口氏は言葉を噛みしめるようにして言った。

「僕の経験から言わせてもらうと、プレッシャーを楽しむことに変えられたときにチームは強くなると感じました。つまり楽しむことは、勝つことにつながるのだ、と」

 勝つために、プレッシャーを楽しむ。

 何度も修羅場をくぐり抜けてきたGKだからこそ、その境地にたどり着くことができたのかもしれない。

 長いプロ人生、敵はプレッシャーだけではなかった。ヨーロッパのリーグに挑戦したものの、出場機会を得られずに悩みが深い時期もあった。日本に戻ってからは選手生命を脅かす大ケガに2度見舞われ、苦しみ抜いた時期もあった。それでも川口氏は前を向こうとした。

 いくら好きなサッカーでも、いくら楽しもうとしていても心から楽しめないときはある。「とにかく楽しんだらどうだ」と教えてくれた人がいた。2003年からプレーしたデンマークのFCノアシェランでGKコーチを務めていたジョン・ブレーデル氏だった。正GKの座をつかめず失意にあった自分の心を、見つめ直した言葉になった。

「“悩んでばかりいないで、もっと楽しめ”と言ってくれました。これは僕のなかで凄く大きかった。(イングランドの)ポーツマス時代もそうですけど、自分一人じゃどうしようもできないときに声を掛けて、助けてくれた。そういう瞬間って人は忘れないじゃないですか」

 激しい競争や辛い経験もある中で、真摯にサッカーに向き合っていく大切さ。

「自分が立てた目標に、いきなり到達することは無理です。日々の積み重ねがあって、たどりつけるもの。努力を積み重ねて初めて、充実した瞬間を味わうことができる。サッカーから教えられたことは1つではありませんが、日々の積み重ねが凄く大切だということは特に感じました」

 目標に近づくための努力によって、高いレベルでの「楽しむ」を味わえる。川口氏はそう学んだのだった。

「GROWING教室」に詰まった想い「僕も心を打たれました」

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 子どもに楽しんでもらうためには、まず大人に楽しんでもらいたい。今回の「GROWING教室」には、川口氏の想いが詰まっていた。

「自分も40代で、ここに集まってもらったみなさんと年齢もそう変わらない。仕事をされて毎日いろいろと大変だとは思うんですけど、みなさんが心からサッカーを楽しんでくれているなと感じて、僕も心を打たれました。お子さんがお父さんを外から応援していて、お父さんもいいところを見せようと思って頑張るし、お子さんがいることで場も和んだりします。今日も笑いが起こったり、いい雰囲気でしたよね。大人の方を教えるってなかなかないんですけど、ゲームでもみなさんハードワークして一生懸命で、僕にとっても有意義で幸せな時間になりました」

 2018年シーズン限りで現役を引退し、指導者としてのキャリアをスタートさせている。楽しませるためにはどう練習していけばいいか、そればかりを考えている毎日だ。

「僕は選手たちに対して、どう楽しく練習させるかを第一に考えたいと思っています。サッカーに向き合えて、毎日飽きさせないようなメニューを提供していくためにも、僕自身、いろいろと勉強して、吸収していかなきゃいけない。ただ単にメニューを課すだけではなく、うまくいかないときに下を向かせない、常にポジティブにやれるように、僕のほうから声掛けをやっていきたい。選手の気持ちを考えて、アドバイスをしたい。頭を使うし、選手たちをよく観察しなければできないこと。プレーヤーズファーストであることを絶対に外しちゃいけないと思っています。自分がプレーヤーズファーストのコーチになりたいと思えるのも、ヨーロッパでそういったコーチに出会えたからだと感じています」

 川口氏は指導者となった今も、至福の瞬間は変わらないという。

「練習が終わって体中の気持ちいい汗をシャワーで流す瞬間が、僕はたまらなく幸せですね。現役を離れて指導者になっても同じです。今日もサッカーと向き合えたなと思える時間。もしサッカーを義務感でやっていたらそうは思えないでしょうね。自分から楽しもうとするから、幸せに感じるんだと思います」

 その柔らかい笑みが引退後の充実ぶりを表している。

天然芝から世界のGKは育つ、ヨーロッパで見た日常の光景

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 サッカーが文化として根づいているヨーロッパで生活をしたことで、多くのことを学べた。サッカーが共通の話題。芝生のグラウンドで子どもたちがサッカーを楽しんでいる光景も日常だった。ヨーロッパから世界的なGKが育つのも、よく理解できた。

「天然芝のグラウンドって、GKが育つにはとても大切だなって思うことができました。飛んでも、転んでも天然芝なら痛くない。子どもの頃からそういう環境だから、いいGKが出てくるんだなって感じました」

 日本でも全国でグラウンドの芝生化が進められてきた。なかでも、スポーツくじの助成金が活用された事例は、これまでに1,159件、約224億円(※)に及ぶ。飛んでも、転んでも痛くない。その環境が日本でも広がりを見せている。

 楽しむには、環境整備が重要になってくる。川口氏は言う。

「スポーツくじの助成金によって、ハード面では、明らかに昔の環境と違ってきています。いいハードがあれば競技人口も増えるし、そのことによって高い競争ができるので競技自体も強くなる。一方でスポーツ教室の開催などソフト面の取り組みもあります。スポーツが得意な人も、苦手な人も、みんなが日常的にスポーツに取り組める環境があることで、スポーツを楽しむという文化がより浸透してほしいなって思います」

 スポーツを楽しむにはまず自分から、指導者から――。

 サッカーを楽しもうとする気持ちは、今も昔も変わらない。

※天然・人工芝生化新設及び改設、天然芝維持活動の合計(平成14年度~平成29年度)

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川口 能活かわぐち よしかつ

1975年8月15日、静岡県生まれ。清水市立商業高等学校(現静岡市立清水桜が丘高等学校)を経て、1994年に横浜マリノス(現横浜F・マリノス)入団。2001年からイングランド、2003年からデンマークでプレー。2005年にジュビロ磐田に移籍し、Jリーグ復帰。FC岐阜を経て、2016年からSC相模原に在籍。2018年シーズンで現役を引退した。日本代表では1996年アトランタオリンピックで「マイアミの奇跡」を演じる。ワールドカップは1998年フランス大会から4大会連続でメンバー入り。2002年日韓大会、2010年南アフリカ大会では16強入りを経験した。国際Aマッチ出場116試合。現在は指導者としての活動をスタートしている。

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