インタビュー

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インタビュー

日本女子トップスイマーが泳ぐ意味 「次世代に一つの道を見せられたら」

競泳 大橋悠依選手

重度の貧血など多くの壁を乗り越えたスイマーの突破口

 年齢を重ねるごとに強さが増してきた。競泳・大橋悠依選手は世界水泳選手権で2大会連続メダルを獲得。スイマーとして総合力が問われる個人メドレーで世界と戦っている。25歳となった今でこそ日本女子競泳界を引っ張る存在となったが、そこには様々な道のりがあった。

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 競技人生のターニングポイントは「やっぱり2015年の貧血の時。本当にどん底だった」と語る。大学1年生の冬から原因不明の体調不良に悩まされた。全力で泳いでも感覚ほどタイムが伸びない。階段を上るだけで息が切れ、秋に病院に行った時に重度の貧血の影響だと判明した。以降は薬と食事で徐々に改善。原因が明らかになったことで着実に課題を解決していった頃に2016年の日本選手権(リオデジャネイロオリンピックの選考会)を迎えた。

「『選考会で絶対に決勝に残りたい』『自己ベストを出したい』と、自分で目標を決めて取り組んだのはその時が初めて。(この変化は)大きかったと思います」

 自ら立てた目標をクリアしていくことで成長した。新たに『2017年は絶対に代表に入る』という明確な目標を定めて奮起し、高地トレーニングにも初めて取り組んだ。翌年2017年には、大学4年生となった4月の日本選手権水泳競技大会で200メートル、400メートルともに女子個人メドレーを制し、400メートルでは日本記録を叩き出した。夏には、ハンガリー・ブダペストで開催された世界水泳選手権の200メートル個人メドレーで銀メダルに輝き、日本記録も更新。一気に世界レベルの選手として台頭した。

「それまでは日本代表に入ることに現実味がありませんでした。2016年が終わってから『2017年は絶対に代表に入る』という目標をはっきりと決められたことが、タイムを伸ばすことができた一番の要因だと思います」

 それからは、年間を通じた厳しい練習により実力の底上げを図ったことで、「多少調子が悪くなっても高いレベルで泳げている」と、継続して結果を出せるようになった。さらに「200メートルも400メートルも日本記録を持っているので、簡単には負けられない」と女王の自覚を覗かせた。

「なんで水泳をやっているのか」、コロナ禍で自問自答

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 しかし、全てが順風満帆に進んでいたわけではない。2019年に韓国・光州で開催された世界水泳選手権は400メートル個人メドレーで銅メダルを獲得した一方、200メートル個人メドレーは失格。大きな期待を受ける中で戦うプレッシャーを経験した。もともと「あまりポジティブではない」という性格から、考えすぎて自ら重圧や不安をつくり出していた。

「自分でつくり出したプレッシャーを凄く感じてしまっていました。そういう苦しさも含めて誰もが一度は通る道なんだと。自分のやりたいレースを決めて実行、集中することが一番いい結果の出る道。性格は変えられないことに気づいたので、自分の弱いところも強みに変えつつ、プレッシャーに挑んでいくという考え方でやっています」

 200メートル個人メドレーの失格で涙を流した5日後に400メートル個人メドレーで銅メダルを獲得。「どう立ち直ればいいかわからなかった」と落ちたメンタルを、いかにして短い期間で奮い立たせたのか。きっかけは大会に同行した日本水泳連盟のスタッフにかけられた言葉。「自分が頑張ってきたことに対して自信を持たないで泳ぐのは、自分に対して失礼だよ」。心にストンと入ってきた。

「もう純粋に自分がやりたいレースをして、メダルを獲りたいという気持ちだけで泳ごうと切り替えられたのは一番大きかったと思います。うまくいくことばかりじゃないなと感じた4年半。でも、凄くいろんなことを感じながら成長できた期間でした」

 多くの壁を乗り越えてきたが、またも壁が訪れた。新型コロナウイルス感染症だ。2020年3月にはスペインでの高地合宿を途中で切り上げて帰国。3月末に東京オリンピックの延期が決定され、4月の日本選手権水泳競技大会も延期となった。幼稚園の時に姉の影響で始めた競技。「なんで水泳をやっているのか」。想いを巡らせることもあった。

「スポーツ自体が世の中で必要なのか、そうじゃないのかというところまで話がいくこともあったと思います。社会人になっても続けさせていただいているありがたみも凄く感じます。改めて自分のやりたいこと、どういうふうに泳いで、何を伝えたいのかと凄く考えさせられました」

 なぜ、水泳を――。トップアスリートとして、社会に提供できるスポーツの価値とは何か。自問自答する中である記憶が蘇った。幼い頃に憧れていたのは入江陵介選手。2012年のロンドンオリンピック男子200メートル背泳ぎで銀メダル、同100メートルで銅メダルを獲得した美しい泳ぎに魅了された。思い返せば、自身も子どもたちに「憧れてます」「泳ぎが好きです」と言われると嬉しい。大橋選手は泳ぐ理由を見出した。

「やっぱりこれからの世代の子どもたちに『こんな選手になりたい』『こういう泳ぎがしたい』と思ってもらうことは大切。そういう一つのモデル、道を見せられたらいいなって。自分も小学生、中学生の頃は活躍できるような選手ではなかったので、自分の可能性を低く見ないで夢を持ってほしいなって思います」

東京オリンピックへ「水泳人生の中で一番いい泳ぎを」

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 アスリートの示せる価値に気づくことができた。「自分の道に対して凄く責任、自覚を持つようになりました」とスポーツを通じ、人としても成長。時代をつなぐため、さらなる活躍を目指す日々。そんな選手の成長や競技の普及・発展を支えているものの一つが、スポーツくじ(toto・BIG)の収益による助成金だ。

 競泳界では、日本水泳連盟が行うジュニア向けの合宿や国際大会への派遣といった未来のトップアスリートを発掘・育成するための活動、地域で行われる水泳教室などのスポーツイベントの開催やプール施設の整備などにも活用されている。大橋選手は「競技をやる上で必要なものは凄く多い」と助成金の意義を語る。

「特に海外遠征には費用がかかってくるので、助成金は凄く助かっています。環境面で悩むことで練習のレベルが落ちてしまうのは一番もったいない。そこで悩まなくていいのは凄くありがたいことだと感じています」

◆くじを買うことがエールになる。 スポーツの未来を育てる、スポーツくじの仕組みを紹介!

 一方、地域によって施設面に差があることも課題という。自身は高校まで滋賀県で育った。「屋内の50メートルプールがなかったので、いいプールをたくさん持っている県と差があると感じていました」。屋内か屋外かでタイムが変わることもある。「(屋内プールでは大会に出場するための)設定タイムを切れるはずの子が(屋外プールでは)切れないという状況も何度かあったので、まだ地域間の格差は大きいのかなと感じます」と改善を願っている。

 競技の普及・発展のチャンスとなるのが東京オリンピックだ。今年(2021年)2月のジャパンオープン2020では、本番会場となる東京アクアティクスセンターで泳いだ。「テレビでいろいろなオリンピックを見てきましたが、『やっぱりオリンピックをやるプールだな』と大きさを感じましたね」。胸を躍らせる舞台まであとわずか。多くの壁を乗り越えてきた大橋選手は、1年の延期もポジティブに捉えている。

「オリンピックが延期になる時代に当たるとは思っていなかったので、大変な時代を過ごしていると思います。もちろん一番いい色のメダルを狙っていますが、これまでやってきた水泳人生の中で一番いい泳ぎができれば、メダルの色も一番いい色に近づくんじゃないかなと。自分のベストを出せたら」

 壁を乗り越えてきた経験を武器に、明日も泳ぎ続ける。

(リモートでの取材を実施)

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大橋 悠依おおはし ゆい

1995年10月18日、滋賀県生まれ。イトマン東進所属。幼稚園の頃に彦根イトマンスイミングスクールで水泳を始める。小学3年生の時に50メートル背泳ぎで全国JOCジュニアオリンピックカップ水泳競技大会に初出場。彦根市立東中学校3年生の時に同大会の200メートル個人メドレーで優勝。滋賀県立草津東高等学校を経て東洋大学に進学。日本選手権水泳競技大会では、200メートルと400メートル個人メドレーで2017年から3年連続2冠。2017年世界水泳選手権(ハンガリー・ブダペスト)では、200メートル個人メドレーで日本記録2分7秒91をマークして銀メダル、400メートル個人メドレーで4位。2018年パンパシフィック水泳選手権(日本・東京)は両種目で優勝。同年アジア競技大会(インドネシア・ジャカルタ)200メートル個人メドレーで準優勝、400メートル個人メドレーで優勝。2019年世界水泳選手権(韓国・光州)では400メートル個人メドレーで銅メダル。400メートル個人メドレーでも2018年日本選手権水泳競技大会でマークした4分30秒82という日本記録を保持している。

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