インタビュー

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インタビュー

人馬が築く信頼関係 言葉を超えたコミュニケーションで目指す共通のゴール

馬術 戸本一真選手

イギリスを拠点に技術を磨く戸本一真選手、オリンピック出場は「最大の目標」

 オリンピック競技で唯一、人間と一緒に動物が出場するもの。それが、馬術だ。

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「この競技は、馬がアスリートで、馬が一番大事なんです」

 こう語るのは、2021年の東京大会で自身初のオリンピック出場を目指す戸本一真選手だ。所属は日本中央競馬会(JRA)だが、「最大の目標」というオリンピック出場に向け、現在は馬術が盛んなイギリスを拠点に腕を磨いている。

 姉に影響を受け、乗馬を始めたのは小学2年生の時。小さめのポニーではなく、最初から普通の大きさの馬に乗り始め、当初は「楽しいというより怖い印象の方がありました」と振り返る。どうしたら馬から落ちずに済むか。とにかく馬の上でバランスを取ることに必死だったが、翌年から大会に出場し始めると、次第に面白さが増してきた。

 他競技で2人の選手がペアを組むのと同じように、馬術では人間と馬がペアを組む。「自分以外にも意志を持つ、もう1人(頭)のアスリートと同じゴール、同じ目標を目指すのが、この競技の一番の醍醐味ですね」と言うが、もちろん、そこには言葉を介したコミュニケーションは存在しない。

「馬が狙い通りの反応を示してくれたり、イメージ通りの動きをしてくれたり、言葉は通じていないはずなのに通じたように感じる瞬間がたくさんあると本当に楽しい」

 そう語ると、意思疎通できた瞬間を思い出したのか、戸本選手は大きな笑顔を浮かべた。では、言葉が通じない相手の意志や気持ちを、どうやって酌み取ればいいのだろうか。

「とても難しいことなんですけど、これは毎日その馬をよく観察することに尽きると、僕は思っています。言葉は通じませんから、まずは表情を見ることだったり、馬に乗ったら手綱や馬の背中から伝わってくる感触を頼りに今、馬が何を考えているのかを考えたり。そうすると、リラックスしているなとか、緊張しているなというのが、だんだん分かるようになってくるんです。やっぱり毎日毎日その馬に乗って、性格を掴むことですね」

馬の個性も千差万別、言葉こそ通じないが「まったく人間と一緒です」

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 人間同様、馬もそれぞれ異なる個性を持つ。日々のトレーニングの中では、性格を掴むと同時に、長所と短所を感じとれるかが重要となる。

「馬によっては長所を伸ばした方がいい馬と、短所を直した方がいい馬とがいる。まったく人間と一緒です。褒めて伸ばすのか、厳しく接して伸ばすのかも馬によって違いますし、性別によって扱い方も変わってきますね」

 馬との信頼を築くことは毎回、一筋縄ではいかない。初めて乗る馬には、速く走る、止まる、右に曲がる、左に曲がるなど、基本的な合図を伝えて、どういう反応を見せるか様子を探る。その反応からイメージした通りの性格を持つ馬のこともあれば、異なることも。褒めて伸ばした方がいい馬だと思って接していたら、「突然ものすごくワガママになることがあるんです」と笑う。途中で違うと気がつけば、軌道修正をしながら、それぞれの馬に合った方法を探していく。

 これまで戸本選手がパートナーを組んできた馬は4頭いる。最年長のユートピア(15歳・牝馬)は緊張しやすいタイプだが経験豊富。「僕が一番乗りやすいと思っている馬です」という。2018年の世界馬術選手権大会(総合馬術)で日本初の団体4位に導いたタコマ(14歳・牝馬)は安定感のある頼りになる馬で「いろいろなことを教えてくれた先生のような馬」。大舞台での経験値を稼ぐ手助けをしてくれた。だが、世界最高峰を競うオリンピックで戦うための飛び抜けた強さに欠けるため、競技会からの引退が決まっている。

 「4頭の中で一番能力が高くて、個人のメダルも夢ではないような馬」というのがヴィケンティ(13歳・せん馬※)。やや気性が難しく緊張しやすいため安定感が課題だが、「能力は誰もが認めるところ」だ。そして「タコマの安定感とヴィケンティの能力を足して2で割ったような、いいとこ取りの馬」がヴィンシーJRA(12歳・せん馬)。性格も含めてオールマイティな馬で「今のところ、この馬とオリンピックに行きたいと思っています」と信頼を寄せる。

 このうちユートピア、ヴィケンティ、ヴィンシーJRAの3頭がオリンピック出場に向け、トレーニングを重ねている。

※せん馬=去勢された牡馬

総合馬術界屈指の名手から学ぶ、目標に向けた「トータルマネジメント」

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 オリンピックで行われる馬術には、会場内に設置されたさまざまな色や形の障害物を決められた順番に飛び越える障害馬術、歩き方などの演技の正確さや美しさを競う馬場馬術、そして総合馬術の3種目がある。戸本選手が専門とする総合馬術は、障害、馬場にクロスカントリーが加わった、いわば「馬術のトライアスロン」。3日間かけて行われ、減点数の少なさを競う。人馬共に心身のコンディショニングがカギを握る複合競技だ。

 現在、イギリスの南西部、サウスウエストイングランドに拠点を置く戸本選手が師事するのは、総合馬術界屈指の名手、ウィリアム・フォックス-ピット氏だ。オリンピックでは個人のメダル獲得こそないが、国際大会で何度も優勝経験を持つ、現役のイギリス代表選手。52歳のベテランから「最大の目標とする競技会に向けてのトータルマネジメント」を学んでいるという。

「彼がよく言うんです。『君にとってオリンピックが最大の目標だ。だったら、その前に世界選手権や大きな国際大会が開催されても、それは過程に過ぎない。勝とうが負けようが一切関係ない。オリンピックに向けて何をするべきかを見つけることが一番大事だ』と。その他にも、具体的に出場する競技会を選ぶ時に『こっちの競技会の方が、よりオリンピックに近い雰囲気だ』とか、『一度出た競技場とは別の競技場で、違う雰囲気、違うコース、違う環境の中、馬に乗ることが大事だ』とか、アドバイスしてくれます。

 何よりも、彼自身がどういう考え方で日々トレーニングをしているのか、大きな試合に向けてどんな準備をしているのか、自分の目で見ることができる。生きたお手本を目の前に、言葉で説明を聞き、目で見て納得する、という日々ですね」

 戸本選手が東京オリンピックを最大の目標とするのは、自分の名誉のためではない。出場して結果を出すことが、周囲で支えてくれる人々に対して「選手ができる唯一の恩返し」だと考えているからだ。

「馬術もそうですが、どんな個人スポーツであってもチーム戦だと思うんです。馬術の場合、実際に馬場の中で競技をするのは人馬1組だけですが、そこに向かうまでに普段から厩舎(きゅうしゃ)でエサをあげてくれる厩舎員さん、獣医さん、装蹄師さん、いろいろな方々が関わって1つのチームとなっている。所属するJRAにもここまで甚大なサポートをしてもらい、感謝は尽きません。いい結果を出すことは、関わった全ての方の目標です。だから、オリンピックを目指す選手にとって、出場して結果を残すことが唯一できる恩返しで、みんなが喜んでくれる感謝の仕方だと思います」

1頭の馬が3種類の競技をこなす総合馬術「順位が大きく変動するのが面白い」

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 馬術はオリンピック競技で唯一、男女の区別なく同じ条件で実施される競技であり、選手寿命が長く生涯スポーツの側面を持つ。数々の魅力を持つスポーツだが、「日本ではまだまだマイナーなスポーツ」と戸本選手は言う。競技観戦という点から見ても、日本ではまだ馬術に親しみのない人が多い。そこで戸本選手に総合馬術の観戦ポイントを教えてもらった。

「総合馬術では、1頭の馬が3種類の競技をこなします。1人の選手が水泳、自転車ロードレース、長距離走を行うトライアスロンのようなもの。初日に馬場馬術、2日目にクロスカントリー、3日目に障害馬術とやりますが、それぞれの人馬に得意種目があるので、順位が大きく変動するのが面白いスポーツです。初日の馬場馬術が苦手で入賞圏外からスタートした人馬でも、2日目のクロスカントリーが得意であれば一気にメダル圏内に入ることもある。なので、3日間を通じて何が起こるか分からない競技。そこを楽しんでいただければと思います」

 現役選手として自身のさらなる成長を追い求めると同時に、戸本選手は愛する馬術の普及にも貢献したいと願っている。

「馬術がスポーツとして盛んな本場のヨーロッパで学んだことを、いろいろな方々に伝えていくのが、我々ヨーロッパで勉強している者の使命だと思っています。講習会という形になるのか、競技場で自分自身のパフォーマンスを見せながらになるのか、今、自分が学んでいることをどんな形であれ、少しずつ後輩たちに伝えていきたいと思います」

 スポーツくじ(toto・BIG)の収益による助成金もまた、大会や講習会の開催、若手有望選手の発掘・育成など馬術競技をはじめとする様々なスポーツの普及・発展に役立てられている。こうしたサポート体制について、戸本選手は「私もとても感謝している1人です」と明かす。

「日本で馬術はまだ、大きなスポンサーがつく競技ではありませんが、学生の中には、世界に通用する実力を持つ選手もいる。そういう時にスポーツくじの助成金のようなサポートがあると、世界にチャレンジする扉が開けてくると思います。トップで戦うベストな環境を整えるために、世界にチャレンジする舞台に立つために、助成制度はすごくありがたいものですね」

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 言葉は通じずとも、人馬が心を1つにゴールを目指す。他の競技では味わえない、馬術ならではの醍醐味を感じると、またスポーツという概念に新たな広がりが生まれるかもしれない。

(リモートでの取材を実施)

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戸本 一真ともと かずま

1983年6月5日、岐阜県出身。日本中央競馬会(JRA)馬事公苑所属。2歳年上の姉から影響を受け、小学2年生で馬術を始める。岐阜県立各務原西高等学校を経て、明治大学では馬術部のキャプテンに就任。4年生で出場した全日本学生馬術大会では、馬場馬術で個人優勝を果たした他、団体では障害飛越、馬場馬術、総合馬術、3種目総合のすべてで優勝する完全制覇を果たした。2006年にJRAに入会。栗東トレーニングセンターの配属となり、一時馬術から距離を置くこともあったが諦めず。競馬学校で教官を務めた後、馬事公苑の所属となる。2015年に障害馬術から総合馬術に転向。2018年の世界馬術選手権大会では日本の団体4位に貢献した。現在はイギリスに拠点を置き、技術を磨きながらオリンピック出場を目指す。

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