インタビュー

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インタビュー

オリンピック2連覇を目指す体操男子 日本代表監督が大切にする論理的思考

アテネオリンピック団体金メダリストの水鳥監督「自分の存在意義を見出すために…」

 体操男子日本代表の水鳥寿思監督は、驚くほど論理的な思考の持ち主だ。何事に対しても、現状を把握し、目標を決めて、戦略を立てるアプローチを取る。2012年12月、史上最年少の32歳で日本体操協会の男子強化本部長と代表監督に抜擢されると、2016年のリオデジャネイロオリンピックでは3大会ぶりの団体金メダルに導いた。

 代表チームを任されて以来、水鳥監督が努めたのは技術指導ではなく環境作りだ。選手が持つ才能と長所を十二分に発揮するための戦略立案をサポート。強豪・中国と交渉して合同合宿を企画するなど「ある種、コーチというよりディレクターのような役割かもしれませんね」と話す。選手に主体性を持たせながら導く。こういったアプローチを取るようになったのは、自身の現役時代の経験が大きく影響しているようだ。

 静岡の体操一家に生まれ育った。5男1女の6人兄弟の次男。自宅では両親が体操クラブを運営していたこともあり、6人のうち4人が体操の道に進んだが、「僕、めちゃくちゃ体が硬くて、とにかく柔軟が嫌いだったんです。毎日泣いていました」と苦笑い。「きょうだいの中ではあまり才能もなくて、僕が一番の劣等生。でも、父が怖くて、やりたくないとは言えませんでした」と振り返る。

 泣いてばかりで、父に突き放されることもしばしば。子ども心に辛さを感じることもあったが、「体操が当たり前にある環境の中で、自分の存在意義を見出すためにも『僕は体操で結果を出さなきゃいけないんだ、結果を出したい』という、すごく強い気持ちがありました」。体が硬く、劣等生を自称する少年は、結果を出すために試行錯誤を繰り返した。

 中学卒業後は親元を離れて、岡山県にある関西高等学校に進学。ここで実力を伸ばして日本体育大学へ進み、3年生だった2001年には日本代表としてユニバーシアードに出場した。8歳の頃、韓国のソウルで躍動する西川大輔氏や池谷幸雄氏の姿に憧れたオリンピックの舞台を、具体的な目標として意識し始めたのもこの頃。ジュニア世代では代表とは縁がなかっただけに、「自分でも日本代表になれるんだ」という驚きがモチベーションに繋がった。

 結果が出始めても「勝つためには、とにかく考えないといけない」という基本姿勢は変わらなかったという。

「同年代には冨田洋之選手や鹿島丈博選手という天才的な選手がいる。ただ、アプローチ次第で彼らに勝てるんじゃないかと考えました。自分が得意なことは何か、苦手なことは何か。目標に向かってどのように自分を引き上げていくか。戦略を考えて、失敗しない演技をどう作っていくか。考えないと勝てないという環境が、僕の周りにはありました」

水鳥監督を成功に導いた思考法「現状を把握し、目標を設定し、逆算しながら戦略を立てる」

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 災難から生まれた出会いもあった。大学3年生の時、母校・日本体育大学の体育館が火災に遭う不運に見舞われた。だが、ほぼ同時期に開所した国立スポーツ科学センター(JISS)で練習できることになり、ここでメンタルトレーニングに触れることになる。

「メンタルトレーニングって『緊張に打ち勝つ』といった切り口もありますが、僕がサポートしてもらったのは『考え方の整理』ですね。例えば、僕が『このままでオリンピックに行けるでしょうか』と話し始めると、スポーツ心理学の先生が『水鳥君は今こういう状態にあって、こういうことができたらいいと思っているんですね』と整理してくれる。『ここから1年のプロセスを考えた時に、半年後にどのくらいできたら目標を達成できそうですか? 今の状態からどのくらいできそうですか?』と質問されながら、現状を把握し、目標を設定し、逆算しながら戦略を立てるというロジカル(論理的)な思考を教えていただきました。他にも、例えばこれから取り組もうとしている鉄棒の技の動きが、実はすでにできるつり輪の技の動きに似ていないかとイメージしながら、分析することを学べました。JISSで過ごす時間の中で、考えるレベルや効率を高められたと思います」

 団体で金メダルに輝いた2004年のアテネオリンピックも、論理的な思考が大きな鍵を握った。オリンピック代表選考会を兼ねたNHK杯体操選手権で個人総合3位となり、見事代表入りしたが「下馬評通りでいくと、僕は代表入りする選手ではなかったんですね」と話す。

「僕の実力がそれほど大したものではない、というのは子どもの頃から変わらなくて。でも、実は補欠のような選手でも全てをミスなくできたら強いんじゃないか、という思いもありました。そこで、選考会ではミスをせずに演技ができる構成を立てたら、6種目×4日間、合計24種目を失敗せずにやりきり、代表になることができた。これが僕の成功体験になりました」

 代表チームでも、自分が貢献できる方法を考えた。「つり輪が得意ではない選手が集まったチームだったので、僕がそこを何とかできれば、自分の存在意義を見出せるんじゃないか」。実際、オリンピック決勝の舞台では、つり輪のトップバッターとしてチームを勢いづけ、金メダル獲得に大きく貢献することができた。劣等感を抱いた子どもの頃から、試行錯誤を繰り返して立った世界の頂点。何物にも代え難い成功体験が今、代表チームを導く上での基礎となった。

「体操は演技が始まったら選手がやりきらなければいけない。だから、選手が自分で気づいたり、自分で戦略を考えることがすごく大事だと思っています。さらに、代表で集まる期間は限られている。そこで選手の主体性を尊重しながら、僕が思ったことを伝えるというより、なぜそういうことをやっているのか、選手に問いかける中で考え方を整理させることを意識しています。

東京オリンピックは魅力を伝える絶好機「体操は本当にオールマイティー」

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 リオデジャネイロオリンピックの時は内村航平選手にキャプテンを任せて『これは内村ジャパンだから、今まで背中で見せていたことを、言葉で伝えてほしい』と話しました。選手の意見や想いを聞いてもらう一方で、キャプテンに寄り添いながら、目標を実現させるためにどうするかを考えましたね」

 代表監督として臨む2度目のオリンピックは「東京」という大舞台だ。2大会連続の金メダルに大きな期待が寄せられるが、「僕がプレッシャーを感じて、選手に必要以上のことを要求してしまったらマイナスになる。むしろプレッシャーを感じて焦る選手をなだめないといけない立場。意識せずにどれだけできるかが重要だと思います」と泰然自若とする。逆に、自国開催で注目を浴びることは、体操の魅力を幅広く伝えるための絶好機だと考えている。

「体操の魅力は、本当にオールマイティーな点です。体操選手の凄さには、美しさ、力強さ、超人的……たくさんの切り口があると思います。さらに、競技性もあればエンターテインメント性、芸術性もあるし、教育的な側面も持つ。子どもの身体を作る発育発達にも寄与できますし、幅広い年齢層に対する健康作りにも繋がったり、体操というキーワードから繋がることはとても多いと思います。僕は男子日本代表の強化という役割を担っているので、特に競技という部分に注力していますが、体操は幅広く社会にインパクトを与えられるポテンシャルがあると感じています。東京オリンピックの先のことも考えた戦略やゴールも念頭に置きながら、体操が社会に貢献できるきっかけを作っていきたいですね」

 老若男女問わず、一人でも多くの人々に体操が持つ魅力に触れてほしいと願う水鳥監督。地域の体育館への体操用マットや床の設置、大会の開催、有望選手の発掘・育成事業など、トップ選手からジュニア世代、さらには地域の人々が体操をはじめとするスポーツに親しむための環境整備に、スポーツくじ(toto・BIG)の収益による助成金はさまざまな形で役立てられている。

 次世代を担う子どもたちが体操に触れ合う環境作りが大切だと考える水鳥監督は、川崎市に自身監修の体操教室を開設。競技人口の拡大、普及にも積極的に取り組んでいる。今から32年前の1988年、8歳の水鳥少年を魅了したソウルオリンピックの体操男子のように、東京オリンピックでも多くの人々を感動の渦に巻き込むべく、代表チームを導いていく。

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水鳥 寿思みずとり ひさし

1980年7月22日、静岡県生まれ。5男1女の6人兄弟の次男。元体操選手の両親が自宅で体操クラブを運営していることもあり、6人のうち4人が体操選手の道に進んだ。中学卒業後は親元を離れて、岡山県の関西高等学校に進学。3年生の時に全国高等学校体操競技選抜大会の個人総合で2位に入るなど成長を遂げた。日本体育大学に入り、具志堅幸司監督に師事。3年生だった2001年にユニバーシアードの日本代表となった。右大腿骨骨折、左膝前十字靱帯損傷などの大怪我を乗り越えながら、2004年にアテネオリンピック代表選考会を兼ねたNHK杯体操選手権で個人総合3位となり、代表入り。アテネオリンピックでは団体で金メダルを獲得した。2012年12月に史上最年少の32歳で日本体操協会の男子強化本部長と代表監督に就任。指導者として臨んだリオデジャネイロオリンピックでは、3大会ぶりの団体金メダル獲得に大きく貢献した。

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