インタビュー

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インタビュー

「3秒のドラマ」がすべてを決めるパラ・パワーリフティングとは

バーベルを上げるわずか3秒間にすべてが凝縮される、夏季パラリンピックの人気種目

 オリンピック終了後に開催されるパラリンピック。4年に一度、障がいのあるアスリートが一堂に会し、世界のトップを競う大舞台だ。2020年の東京パラリンピックでは全22競技を実施。なかでも息を呑む迫力と盛り上がりで観客を釘付けにするのが、パラ・パワーリフティングだ。

 そんな観る者も興奮させるパラ・パワーリフティングだが、2019年9月26、27日には、パラ・パワーリフティングワールドカップ東京大会 兼 東京パラリンピック・テストイベント大会が開催された。会場は東京パラリンピック本番と同じ、東京国際フォーラム。世界各国から選手が集結し、日本をけん引するパワーリフター、男子80㎏級の宇城元(うじろはじめ)選手、88㎏級の大堂(おおどう)秀樹選手も出場し、宇城選手は179㎏を上げて銅メダル、大堂選手は190㎏を上げて金メダルを獲得。東京パラリンピック出場に向けて弾みをつけた。

「7月に行われたカザフスタンでの世界大会でひじを痛め、調子が良くないなかでの出場だった。最後の試技では、(判定で失敗と判断されたが)押し切れるかどうかわからないなか197㎏を精神力で押し切ったのは、我ながらようやったと思う」(大堂選手)

 パラ・パワーリフティングを、初めて知ったという方も多いのではないだろうか。この競技は、下肢障がい者・低身長の選手を対象としたベンチプレス競技で、障がいの種類や程度ではなく、男女とも体重別で10階級に分けられ、バーベルの拳上重量を競う。試合で行われる試技は各選手3回で、回数を追うごとに重い重量にチャレンジする。試合は、選手の名前がコールされた瞬間からスタート。呼ばれた選手はベンチプレス台に向かい、台にあお向けに横たわると、ストラップで脚を固定。準備が出来たらバーを持ち、腕を伸ばす。そして、主審による合図で試技をスタート。選手たちはコールされてからここまでを、2分以内に行わなければならない。

 主審の合図を受けた選手は、バーベルをラックから外して胸まで下ろし、続いて、腕を伸ばしながら一気にバーベルを上げる。一連の動きを3名の審判のうち2名が成功と判断すれば、記録が認められる。バーベルを下ろし、上げるまでの時間はわずか3秒。この3秒間に、選手は肉体と精神の限界に挑んだ日々のすべてをぶつけ、会場のボルテージは最高潮に達する。

障がい者と健常者がともに世界記録を競い合うこともできる「バリアフリー競技」

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 一見、「重りを上げるだけ」のシンプルな競技に見えるが、パラ・パワーリフティングはそれに加えて、動きの精密さと美しさが求められる。例えば、ラックから外したバーベルを胸に下ろした際は、完全な静止が求められ、バーベルは下ろすときも上げるときも、常に平行を保たなければならない。途中で傾いたり、止まったり、下がったりすれば失敗だ。「緊張感のある大会はやみつきになります」。競技人生20年目に入った宇城選手に競技の魅力を問うと、こう答えた。

「どんなスポーツでもメンタルの強さは非常に重要だと思っています。ただ、なかでもパワーリフティングの大会は、予選もなく一発勝負。3秒間、3回のチャンスしかありません。台に上がったら、しっかりと正確なフォームで、いつもと同じ軌道をたどることだけに注力する。少しでもいい加減にやれば、重りは絶対に上がらないんです」(宇城選手)

“パラ・パワーリフティングは究極のバリアフリー競技である”。こう発信してきたのは大堂選手だ。

 実は、世界各地で開催されるパワーリフティングの大会では、障がい者と健常者が同じ土俵で競い合っている。大堂選手、宇城選手も、かつては健常者の大会に出場。二人はそこで経験を積み、また優勝もしている。残念ながら2000年の世界的なルール変更により、以降、車いすでの出場は不可となったが、現在は健常者と競い合うことができる大会も行われており、その大会に出場する選手もいる。

 しかも、パラ選手の世界記録が健常者を上回る階級もある。

「大会のルールに沿って、どっちが強いかを競うのがパワーリフティング。そこに障がい者と健常者の違いはありません。世界中どこでも、強い人たちの間で交わされる会話は共通しています。『僕はベンチプレスで200㎏上げるんだよ』『えっ!? それはすごいですね』。これがすべてです」(大堂選手)

 障がい者と健常者の垣根を超えるパラ・パワーリフターたちは、今や世界約100か国に拡がる。日本の状況も、東京でのパラリンピック開催が決まると一変。3年前までわずか20名程度だった競技人口は、今では100名に届く勢いだ。

 選手自身、急速な変化を肌で感じているという。

「障がい者スポーツについて、いろいろ知ってもらえるようになり、最近、パラ選手の友人との間でも“変わったよね”とよく話題に上がります。この変化は、東京が決まり、障がい者スポーツが(福祉ではなく)スポーツ振興に関する事業になったことが、一番のきっかけになったと感じます。また、パラリンピックサポートセンター※の存在も大きい。本当にありがたいです」(宇城選手)

東京大会本番をイメージできたテストイベント大会。「会場が埋まったらたまらんな」

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 現在、日本のパラ・パワーリフティング選手たちは、国内だけではなく世界各国の選手を相手に東京パラリンピックの出場権を競っている。出場権内定の条件は、IPC(国際パラリンピック委員会)が指定する大会の結果から算出される東京パラリンピックランキングで各階級(男女とも10階級)8位以内に入ることだ。ランキングにより決定する160名に、各国の推薦選手から選ばれた20名を加えた計180名が東京への切符を手にする。

 9月26、27日のテストイベント大会の結果も東京パラリンピックのランキング対象。10月1日現在、宇城選手は179㎏で12位、大堂選手は195㎏の記録で12位につけている。

「テストイベント大会では、世界ランキングを上げるという目標は達成できなかったが、今年最高の179㎏を出せたこと、皆さんのサポートのなか実際の舞台で試技ができたことはよかった。

 階級は違うが、自分の過去最高の記録は188㎏。今、その記録に近づき、もっと上げていける確信があります。自信をもって練習を続けていけば、必ず結果はついてくると信じています」(宇城選手)

「今、東京パラリンピックに向けて、世界の選手たちは加速度的に強くなっていると感じます。当面の目標は出場を予定している来年2月のワールドカップ(イギリス・マンチェスター)で、200㎏台を上げること。そのために大切なのは、まず、ケガをしない。ケガをしなければ練習が出来る。練習できれば強くなる自信があります」(大堂選手)

 今回行われた東京パラリンピック・テストイベント大会の開催には、スポーツくじ(toto・BIG)の収益による助成金が役立てられている。二人は本番と同じ会場、想定した演出で行われた大会に出場したことで、グッと東京へのイメージが具体的になったと話す。

「舞台に上がったとき、この客席がいっぱいに埋まったらたまらんな、と思いました。僕の階級を観に来てくれる人はきっと、日本の大堂って選手が出るんだ、と僕のことを調べて、応援してくれるじゃないですか。そのなかでプレーできるなんて、最高です」(大堂選手)

 2020年2月と4月のワールドカップに出場を予定している。東京パラリンピック出場権獲得は4月のドバイワールドカップがラストチャンス。選手たちはその大会終了時までに、一つでも上位にランクインすることを狙っていく。

 2016年のリオデジャネイロ大会では、107㎏超級のシアマンド・ラーマン選手(イラン)が310㎏を上げ、健常者を超える世界記録を更新。同時に史上初の300㎏超えを達成し、世界中を熱狂させた。果たして、次の東京ではどんなドラマが待っているのか。そこに日本のパラ・パワーリフティングを支えてきた宇城選手、大堂選手、二人の名があることを心待ちにしながら、前途を見守りたい。

※日本財団パラリンピックサポートセンター。パラリンピックスポーツの基盤強化、パラスポーツの教育・普及事業を展開している。

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宇城 元うじろ はじめ

1973年1月28日生まれ、兵庫県洲本市出身。順天堂大学所属。大学4年時のバイク事故で脊髄を損傷し、両下肢機能全廃に。4年間、車いすバスケットボールをプレーした後、1998年、パワーリフティングに転向。2004年アテネパラリンピックでは67.5kg級 8位(147.5kg) 、2012年ロンドンパラリンピック75kg級 7位(180kg)と入賞。2014年インチョンアジアパラ競技大会80㎏級で183㎏を記録し、5位入賞。80㎏級日本記録保持者(186.5㎏)。

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大堂 秀樹おおどう ひでき

1974年10月17日 生まれ。愛知県名古屋市出身。SMBC日興証券所属。18歳のときバイクの事故で脊髄を損傷し、両下肢機能全廃に。1997年よりパワーリフティング競技をスタートする。2008年北京パラリンピック75kg級8位(187.5kg)、2012年ロンドンパラリンピック82.5kg級 6位(191kg) 、2016年リオデジャネイロパラリンピック88kg級 8位(160kg)と3大会連続出場。2018年9月、アジア・オセアニアオープン選手権では3位となり、ワールドパラ・パワーリフティング主催の主要大会で日本人初のメダルを獲得した。

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