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「3.11」前日、大船渡の小さなプールで… 伊藤華英さんが続ける“復興支援のカタチ”

1人1人に声を掛けアドバイスする伊藤華英さん【写真:村上正広】
1人1人に声を掛けアドバイスする伊藤華英さん【写真:村上正広】

元競泳五輪代表の名スイマーが「東北『夢』応援プログラム」に登場

 3月10日、岩手・大船渡の南三陸海岸近く。25メートルが4レーンある、決して大きくはない屋内プールに、競泳の元オリンピック代表選手がいた。伊藤華英さん。08年北京、12年ロンドンと2大会連続五輪に出場した日本の元トップスイマーが東京から新幹線と車を乗り継ぎ、4時間以上かけ、この場所にやってきた。現在は東京五輪・パラリンピック組織委員会に勤務し、多忙を極める伊藤さんはなぜ、大船渡にやってきたのか――。

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 それは、10人の子供たちと結ばれた“小さな絆”があったからだ。「東北『夢』応援プログラム」。伊藤さんは公益財団法人「東日本復興支援財団」が主催する企画に賛同した。東日本大震災の被災地の子供たちにトップアスリートがスポーツを指導するというもの。しかし、1日限りの思い出で終わらせず、距離を超えてつながっていくことが、このプログラムの狙いにある。それを可能にするのが、動画による遠隔指導だ。

 遠隔指導ツール「スマートコーチ」を駆使し、動画を通じて子供たちを1年間指導する。参加した子供たちから練習した動画が送られ、それに対し、コーチ役の「夢応援マイスター」を伊藤さんがアドバイスをつけて返信。こうしたやりとりを月1回、繰り返しながら水泳の技術向上を目指してきた。そして、この日は昨年6月の「夢宣言」、11月の「中間発表」に続く「成果発表イベント」として現地を訪れ、1年間の集大成だった。

「皆さん、おはようございます。お久しぶりです」。遠隔指導を受けてきた小2~中2の9人に加え、伊藤さんのレッスンを希望して毎回参加している地元高校生2人がプールサイドに揃い、伊藤さんの挨拶とともに再会した。しかし、交流を繰り返してきたとあって緊張感はなく、和やかな雰囲気。「タイム測定まで頑張りすぎることなく、一生懸命やりましょう」という掛け声から、イベントはまず水泳クリニックからスタートした。

 けのびの姿勢、サイドキックの蹴り方など、これまで動画を通じて指導してきた内容を対面で“復習”。伊藤さんは1人1人の動きに目を配り、声を掛けながら1時間、さらにレベルアップできるようにアドバイスした。そして、その後に集大成となる成果発表。それぞれが決めた泳ぎと距離でタイムを取り、どれだけ成長したかを確認。子供たちは緊張した面持ちながら、1年間に渡って努力してきた成果を出そうと懸命に水をかいた。

伊藤さんは今回で指導は3年目となる【写真:村上正広】
伊藤さんは今回で指導は3年目となる【写真:村上正広】

タイムを縮めるより大切な“生きる力”「10代のうちにたくさん挑戦、失敗を」

 すると、驚きの結果が続々。半年で50メートルを7秒縮める子供も出るなど、頑張りが結果となって表れた。これには、伊藤さんも「よく頑張ったね」と褒め、大喜び。その度に子供たちは照れくさそうにしながら、笑みを浮かべた。緊張の時間を終えると、伊藤さんも参加したリレー対決を実施。五輪に2度出場した泳ぎを披露して白熱のレースを繰り広げ、子供たちと一緒に過ごした充実の時間を締めくくった。

 成果発表終了後、もう一つのイベントが待っていた。修了証授与式。1年間を振り返って発表していく。「水泳はもちろん、勉強、部活に向上心をもって取り組めるようになった」「できないことがだんだんできるようになり、自信がついた」「学校を休まず、体力がついた」と思い思いに自分の言葉で語ると、伊藤さんはそんな様子を温かい目で見守っていた。そして、全員を聞き終えると、1年間を総括して言葉を贈った。

「1年間で3回会いに来たけど、毎回しっかりと頑張っていて、動画で私が指導する言葉もよく聞けるようになりました。親御さん、先生、いろんな人の言葉を聞けるようになり、自分の意見を持てるようになったと思います。1年後、3年後、5年後、このプログラムを通じてどんな人間になりたいかも学べたんじゃないかな。ボーッとしていても1年間はあっという間。だから一生懸命に10代のうちにたくさん失敗してください。失敗するのは挑戦しているから。これからもたくさん挑戦していってください」

 伊藤さんにとって、実は指導は3年目。毎年、子供たちの成長を実感してきたが、大事なことはタイムを縮めることだけじゃないと伝えてきた。自分で目標を立て、考え、行動し、努力する。過程において成功すれば、失敗することもある。そうした経験は水泳のみならず、“生きる力”となり、日頃の勉強、部活、自分の「夢」実現を後押ししてくれる。それは、このプログラムがスポーツを通して込めた一番の願いと重なる。

 イベント翌日は、ちょうど8回目の「3.11」だった。参加している子供たちは、あの日、生まれる前の子供もいれば、4歳だった子供もいて、記憶の残り方は様々。しかし、確かなことは、今なお津波の傷跡が残る街の復興と歩調を合わせるようにして、毎年、背丈は伸び、逞しさを増し、成長してきたことだ。そんな大船渡の街と1人のオリンピアンが結ばれ、思いは距離を超え、つながってきた。そして、これからも――。

「じゃあ、またね」。伊藤さんは笑顔とともに、大船渡を後にした。

(THE ANSWER編集部)

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